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年収の壁の引上げ ~ 減税効果はあるが就労調整への影響は?

自民党と国民民主党が「所得税の非課税枠「年収の壁」を178万円に引き上げると合意した」と報道されています。
しかし、報道記事を読んでみても「今回の合意が年収の壁にどのように影響するか」は分かりません。
そこで、本稿では、「そもそも「年収の壁」とは何か」を再確認したうえで、今回の合意がどの程度「年収の壁」に影響するのかを考えてみます。

図表1:さまざまな年収の壁

(出所)厚生労働省資料

そもそも「年収の壁」とは、一般的には「主婦がパートとして働く場合に、その年収額を超えて働くと税や社会保険料の負担が発生し、自身や配偶者の手取り額が減ってしまう現象」を指します。
このような現象をさけるために、パート労働者の中には就業日数や就業時間数などを調整する人もいます。

ただし、上の図で示したように「年収の壁」には、「税金に関する壁」「社会保険に関する壁」「配偶者の給与における配偶者手当に関する」壁があります。
2024年には、「(被保険者数が51~100人の企業において)社会保険の適用拡大が行われたため、パートさんの中には労働時間を減らす人が出てしまう」という問題が生じました。

図表2:社会保険の適用拡大~2024年10月の実施内容

自民党と国民民主党が先日合意した内容は、社会保険に関する壁には影響しません。
税に関する壁、特に所得税に関する壁のことです。
図表1にあるように2024年までは年収が103万円を超えると所得税が発生していました。
これは基礎控除の最低額が48万円、給与所得控除の最低額が55万円であったためです。

まず、今年の3月に成立した2025年度税制改正で、この壁(103万円)が160万円まで引き上げられました(基礎控除の最低額が95万円、給与所得控除の最低額が65万円)。
今回の2党間の合意は、これをさらに見直したものです。

報道によるとその内容は「基礎控除と給与所得控除最低額を消費者物価上昇率に合わせてそれぞれ4万円引き上げて、所得税の課税最低限を160万円→168万円とする。ここに低所得者に適用されている特例措置を10万円上乗せし178万円とする」というものです(下図参照)。

図表3:所得税の課税最低限の推移

また、上記の見直しに加えて、年収に応じた控除額を年収665万円までの中所得層まで手厚くしまた。
これまでは年収200万円までの所得層の基礎控除額がもっとも大きくなっていましたが、。2026年から2年間に限った措置として年収665万円以下の層まで基礎控除を手厚くします。
その結果として減税効果も大きくなります。
日経新聞によると年収が600万円程度の人は年間で5.6万円の減税効果が見込まれるようです。

では、「年収の壁があるために主婦パートが働き控えをする」という問題に対して、今回の税制改正はどのような影響があるでしょうか?

ここまでお読みになった皆さんにもお分かりいただけるように「ほとんど影響が出ないだろう」というのが私の認識です。
下図で示したように、この問題の本質は「年収が106万円を超える(正確には基本給の月額が8.8万円を超える)と社会保険料が引かれるため手取りが減少してしまう」ということです。

図表4:適用拡大の短時間労働者への影響~ 手取り収入の減少

(出所)厚生労働省資料

例えば、「今までは所得税を意識して103万円の範囲内で働いていたパートさん」は、減税措置により働く時間を増やすことができます。
しかし、社会保険の適用に関わる年収の壁がある以上は、その上限は従来通りに106万円(正確には基本給の月額で8.8万円)を意識したものになると思われます。