社会保険の適用拡大を行う理由について、政府広報オンラインでは以下の3点を挙げています。
(1)被用者でありながら国民年金・国民健康保険加入となっているかたに対して、被用者による支え合いの仕組みである厚生年金保険や健康保険による保障を確保することで、被用者にふさわしい保障を実現すること。
(2)労働者の働き方や企業による雇い方の選択において、社会保険制度における取り扱いによって選択を歪められたり、不公平を生じたりすることがないようにすることなどにより、働き方や雇用の選択を歪めない制度を構築すること。
(3)適用拡大によって厚生年金保険の適用対象となったかたが、定額の基礎年金に加えて報酬比例給付による保障を受けられるようになることなどを通じて、社会保障の機能を強化すること。
これらの理由の中で、私が特に重要だと考えているのは、(1)の「被用者でありながら国民年金・国民健康保険加入となっている方に対して、被用者にふさわしい保障を実現する」という点です。
公的年金の第1号被保険者は厚生年金には加入せず、「保険料も給付も定額制の国民年金」に加入しています。
もともとは、自営業の方々が第1号被保険者の中心を占めていました。
自営業の方であれば、働こうと思えば年齢に関わらず働けるはずなので、「厚生年金のような65歳開始の年金の必要性は小さい」と考えられますね。
しかし、現在の制度の大きな問題は、「サラリーマン(被用者)でありながら、第1号被保険者になっている人がいる」ということです。
パートやアルバイトの方で、所定労働時間や所定労働日数が社会保険への加入要件を満たさない人たちです。
第1号被保険者の就業状況の推移
上の図で分かるように、第1号被保険者の人たちのうち約3割の方々は、パート・アルバイト・臨時として働いています。
この方々は自営業者ではなく、組織に雇われて働いている(被用者)にもかかわらず、厚生年金にも(被用者のための)健康保険にも加入できていません。
国民年金と国民健康保険に加入しています。
つまり、サラリーマンとして働いていながら、老後の保障が国民年金しかないことになります。
適用拡大により、この方々が厚生年金や被用者健康保険に加入できるようになれば、老後には厚生年金を受給できますし、また病気やケガで仕事ができなくなった場合は健康保険から傷病手当金を受け取ることができるようになります。
保険料の負担も、第1号被保険者である限り全額を自己負担する必要がありますが、適用拡大により第2号被保険者になれば、半額は会社が負担してくれます。
言い換えれば、現在、第1号被保険者である方は、適用拡大によるデメリットはほとんどなく、メリットしかないことになります。
報道等で適用拡大に伴うデメリットが強調されることがありますが、それらはサラリーマンの配偶者(第3号被保険者)の問題になります。
上記したように、第1号被保険者の方々にとっては、非常にメリットの大きな制度改正だと言えます。
最後に、「適用拡大は公的年金財政を改善させる」という効果について、簡単に説明します。
上の図は2019年の公的年金財政検証として公表されている資料です。
適用拡大した場合の公的年金の給付水準の変化を、標準的なモデルによる所得代替率を使って表しています。
ここで、「所得代替率」とは、「年金を受け取り始める時点(65歳)における年金額が、現役世代の手取り収入額(ボーナス込み)と比較してどのくらいの割合か」を示すものです。
たとえば、所得代替率50%といった場合は、そのときの現役世代の手取り収入の50%を年金として受け取れるということになります。
また、公的年金財政検証では、将来の出生率・死亡率・経済成長率等について、複数のシナリオを置いています。
上の図の左側に、ケースⅠ・ケースⅢ・ケースⅤとあるのは、それらのシナリオの違いを表しています。
さて、上の図では適用拡大を進めた場合、どのケースでも所得代替率が増加することが分かります。
つまり、適用拡大を進めた場合には、厚生年金の標準的な給付水準が増加します。
また、基礎年金と報酬比例部分の内訳をみると、基礎年金部分が増加し報酬比例部分は減少します。
このような影響が出るのは、なぜでしょうか?
その理由は以下の3つになります。
①基礎年金が改善する理由は、国民年金の財政が改善するためです。
現行制度では国民年金の加入者である人が、適用拡大により厚生年金の加入者になります。
その場合、国民年金の加入者数は減少しますが、国民年金の積立金はそのまま残ります。
結果として、国民年金加入者1 人当たりの積立金が増加し、将来の給付水準維持に繋がります。
②基礎年金には1/2 の国庫負担があります。
適用拡大により基礎年金額が増加することで、国庫負担も増加します。
③報酬比例部分だけで見ると、適用拡大を進めると所得代替率は減少します。
この理由としては、「適用拡大により厚生年金加入者数が増加し保険料も増加するため厚生年金財政にはプラスに寄与する。一方で、基礎年金額の増加と厚生年金加入者数の増加により基礎年金拠出金が増加し、それが厚生年金財政にマイナスに寄与する」ためと考えられます。
(ご参考)
キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)を活用するためには、その前提として「適用拡大に関連する問題点」を正しく理解する必要があります。
また、この助成金の仕組みも非常に分かり難く、理解するのがなかなか大変です。
そこで、お客様のお役にたつよう、適用拡大に関連する問題点・この助成金の仕組みと活用策・活用事例などを整理した資料を作ってみました。
ご関心のある方はご覧になってみてください。