前回までの記事で見たように、わが国では今後、猛烈な勢いで人口減少が進むことが確実です。
出生中位の仮定であっても、毎年の人口減少数を見ると当面は60万人前後が続き、2030年代半ばからは70万人以上となります。
ちなみに、2022年10月時点での都道府県別人口をみますと鳥取県が約54万人、島根県が約65万人、高知県が67万人、徳島県が約70万人です。
日本全体では、これらの県の総人口に匹敵する人口が毎年減少することになると言えます。
人口減少は様々な面でわが国の社会や経済に影響を与えると予想されます。
例えば、労働力の減少による経済成長の鈍化、地方における過疎化の進行、社会保障負担の増大や持続可能性への懸念、さらには人口減少により自衛官や警察官・消防士などに就く人が減少するため、安全保障や治安にも影響が出るという意見などもあります。
なかでも公的年金制度については、人口減少のネガティブな影響を指摘されることが相変わらず多いですね。
年金制度は破綻を免れないといった誤解も残っているようです。
例えば、一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏はダイヤモンド・オンラインに「年金支給開始年齢「再度引き上げ」は必至、やはり“虚構”の年金財政」(2023.4.13)、「年金支給開始年齢引き上げ議論を早く始めよ、必要なのは「負担の全世代化」改革」(2023.4.20)という論考を寄稿しています
しかし、実際には支給開始年齢が繰り下げられることはないと思います。
その理由は、マクロ経済スライドという仕組みが今の公的年金制度には組み入れられているからです。
マクロ経済スライドとは、「現役世代の人口減少や平均余命の伸びといった社会情勢の変化に合わせて、公的年金の給付水準を自動的に調整する仕組み」のことです。
この仕組みは、2004年(平成16年)の年金制度改正時に導入されました。
公的年金の給付と収入のバランス
(出所)厚生労働省HPを参考にして筆者作成
公的年金の財政は、将来の保険料収入と年金給付費が均衡するように設計されています。
しかし、死亡率が改善して長寿化が進めば将来の年金給付費が増加し、また少子化により現役世代の人口が減少すれば、将来の保険料収入が減少します。
年金給付が増え保険料収入が減少すれば、両者の均衡は保たれず年金財政は維持できなくなります(上の図を参照)。
このような社会情勢の変化に対応して年金財政のバランスを維持するための仕組みがマクロ経済スライドです。
マクロ経済スライドにより公的年金の給付水準(現役世代の可処分所得に対する所得代替率)は減少することが見込まれています。
2019年に実施された公的年金財政検証結果によると、2019年の所得代替率61.7%が2044年には50%まで下がるという見込みとなっています(下図参照)。
公的年金の給付水準の見通し(今後の実質経済成長率が0.2%の場合)
言い換えれば、年金財政の給付と負担のバランスが崩れた場合の対応策として「年金支給開始年齢の繰り下げ」ではなく、「年金額を引下げる」という手段を用いることが可能な仕組みになっています 。
次回の財政検証は2024年に実施され、その際は今回推計した将来人口が用いられます。
前回よりも少子化と高齢化が進んでいるので、2019年よりも財政見通しが悪化する可能性はあります。
しかし、その場合であっても、マクロ経済スライドにより給付水準調整が行われるので、支給開始年齢の繰り下げは必要ありません。
ただし、将来の給付水準見通しが前回よりも悪化する可能性はあると考えます。